Sunny Sometimes Bipolar Disorder

躁鬱病(双極性障害)筆者の日々を綴ります。連絡はTwitterまで!Twitter@hattix0828

Sunny Sometimes Bipolar Disorder

どのタイミングで心療内科へ行くか

今回は医師にかかるタイミングを考えます

精神疾患は、とても曖昧です。

眠れない日々を1週間過ごしたから、精神疾患と仮定できるかもしれません。

 

1ヶ月間寝不足であった場合

仮に1ヶ月、毎日3時間しか眠れないとします。

1ヶ月経って、自分の睡眠不足に気づくわけです。

すると、なんだか不安になってきます。では、心療内科へ行くべきでしょうか?

私的には、内科で十分です。

内科で抗不安薬睡眠薬を処方されます。

それでも改善しなければ、心療内科となります。

 

気力は無く、生きていて楽しくない場合

この場合は、食事に注視しましょう。

食べ物はおいしい。という場合は、医師にかかる必要はありません。

逆に、食べることを楽しめない。という場合は、生きる気力はない。と判断できます。

そういった場合は、心療内科を受診するとよいでしょう。

 

ペットロス等の喪失感で、何も手を付けられない

この場合の判断は他者には決められません。

認知行動療法のアプローチとして、過去の出来事に執着しない。

といった行動を取れるかを分岐点としましょう。

 

すぐに医療機関へ行くべき

  • 食べるものはすべて不味い
  • 過食
  • 見るもの全て醜い
  • 他者の視線を全て悪意と捉える
  • てんかん発作、パニック発作、不安障害(吐き気、頭痛、口の乾き、精神不安、幻聴、幻視、混乱)
  • 重度の睡眠障害(48時間眠らない、躁病の疑い)

 

医者にかかるリスク

薬漬け

まず、早期に完治しなければ「クスリ漬け」となります。抗精神病薬は全てにおいて、副作用と離脱症状を認められます。

有名なのは「パキシル」という抗うつ剤で、私は処方されていません。

現在の精神医学ではパキシルを使用する医師は、ほぼいないでしょう。

なぜなら、元気になって服薬を辞めれば、激しい離脱症状に合う事例を、多く出したクスリであるからです。

治療困難な患者は、ほとんどは睡眠障害や強い不安を感じます。

ですから、抗不安薬とは、お友達になります。

 

多額の医療費

私のように長く罹患していると、様々な抗精神病薬を服薬します。

効くクスリはないかと、探すわけです。

効果測定には半年は要するため、長く病院へ通うことになります。

長期医療の援助は出ます。しかし、薬価の高いものだと1錠300円します。

薬代で9,000円の出費となります。

 

効き目のないクスリへの苛立ち

治らない。

ということは投薬治療の失敗を意味します。本人の感じるものは副作用だけになります。

抗精神病薬は、強烈な副作用を伴います。三環系抗うつ薬は顕著です。

私は「アモキサン」「アナフラニール」を服薬していました。

服用後、次の日には口の乾きと吐き気です。辛い。

しかし、抗うつ剤の効果は2週間経たなければ出ません。ですから辞められません。

抗精神病薬抗うつ剤とは違います。

しかし、同じく副作用は強烈です。

セロクエル」という非定型精神病を永く飲み続けました。

本剤には強烈な傾眠作用という副作用がありました。

それを利用して睡眠薬として活用するのです。私は短時間睡眠でした。

しかし、セロクエル服用時は毎日10時間以上は眠っていました。

その他、ジプレキサエビリファイハロペリドールと服薬経験を持ちます。

全て「劇薬指定」されています。

 

まとめると

精神疾患は、医師にかからずとも治る可能性のある病です。

ですから、クスリ(抗精神病薬)を服薬するタイミングは重要なポイントになります。

自然治癒するのが理想ですから、軽い寝不足なら抗不安薬で済む場合は多いと感じます。

抗うつ治療になれば、半年間は様子見です。

私は仕事を含む社会生活の途中、バーンナウト。

同時期に強烈なせん妄に合って、即座に病院へ行きました。

 

精神医学は西洋医学のなかで、唯一根拠のない分野です。

クスリの効果の有用性は、科学の仮定の枠の中にすぎません。

私としては、グリア細胞へのアプローチをしていただきたい。現在、九州大学で研究はすすんでいます。

 

どのタイミングで行くか。

というのは主題でしかありません。

ご自身のお体をお大事にしてください。

 

 

 

半年や1年で治る精神病は、病ではない

うつ病とは

いわゆる「抑うつ状態」であれば、うつ病だ。

生活すべてに対して気力の無い状態となる。

お風呂には入れない。入る気力はない。

楽しかった趣味は、いっときも楽しくない。楽しむ気力はない。

 

だから、治療を必要とする。

現在の精神医学では、抗うつ剤による薬物治療と、認知行動療法の2つのアプローチを用いる。

 

半年で社会復帰は薬効を認められない

私は30年にわたり、精神発作含む病と共に生きている。

ADHDは確定診断を出されており、幼少を振り返っても、そうだとしか言えない。

 

令和元年9月、かかりつけ医に、とある疑問を投げかけた。

「精神病で半年や、1年で社会復帰していける方は、薬物療法の効果だといえますか?」

すると、医師は苦笑い。

「そうですね。実際は薬を飲まなくても治ったといえますね。確実に効果は有ったとは、言えません」

 

生半可な精神病を作る精神医学会

私はADHDであった。

故に小・中学生と、イジメの嵐である。同級生と先生からだ。

味方はいない。しかし、親に心配はかけられない。

なので、必死に耐えた。

今では、ADHDの小児は薬物療法を行い、専属の特別養護教師もつく。

おかげ様で、教育機関は大忙しである。

 

私の時代は、先生に殴られて当然であった。なので怪我にならない程度に殴られたものだ。ひどいときは木の立派な机を蹴られ、勢いで滑った机で足のスネを強打するというのもあった。

不思議なことに、校内一番のワルには生徒指導教諭は手を出さない。

 

人格障害の認知を広めたい

環境保護者のグレタ・トゥーンベリは、16歳にして、国連の環境会議にて、各国の首脳に恨み節を披露した。

ひと目で人格障害と分かる。

しかし、それを真っ先に指摘した新聞は大きな非難をされた。

本人はアスペルガーと云っている。皮肉なものだ。

中学生から「地球温暖化」に怯えて、不安から精神を病み、不登校

そして今、16歳で学校へ行かず、環境保護に傾倒。

学校は全てではない。しかし、未来の不安のためにエネルギーを使う事に意味はあるのだろうか?

問題は、このように社会的不適応な人物を、国連でスピーチさせたバックボーンである。協調は得られるはずはなく、議論の場で怒りの形相を披露されると、もはや茶番である。

結果として、アスペルガー障害(を含む人格障害)に対して、偏見を助長する出来事になってしまった。

 

人格障害は世に必要である

精神を病み、事を成した人物は多い。カート・コバーンチャーチルガーシュウィンゴッホアインシュタインてんかん持ちとされるが、真相は不明)中島らも

宮沢賢治太宰治

一般的に障碍とされる精神疾患

しかし、生み出すものは天下一品である。

イタリアの犯罪心理学者チューザレ・ロンブローゾは、自著「天才論」の中で「天才は狂気だ」と語った。

和訳のある本であるが、1930年と古く、私は見たことはない。

精神の苦しみは狂気だ。しかし、だからこそ物事に狂気的になれるといえる。

 

まずは日本から変えるべき

人格障害精神障害者と、別け隔てなく付き合おう。

などとは、全く云うつもりはない。

比較的罹患者の多い「アスペルガー障害、注意欠陥多動性障害 境界性人格障害

と、一般人は共感できる部分は少なく、お互いの歩み寄りは不可欠である。

ただ、社会の比率で「人格障害はお断り、理解しない、知りたくない」と、妙にこだわって生きるヒトは多すぎる。

無意識のレベルで「あの方に興味はない」と決めているので、絶対に歩み寄れない。

学ぶ気はないのである。

ヒトは好奇心の塊であり、少しでも興味を持てば、しっかり学ぶのである。

しかし、心理的な障壁で「学ばない」と決めれば、迷いなく無視をする。

この壁を壊せるのは己だけである。

一般常識のように「キ○ガイには関わるな」

という文化の浸透した日本では、なかなか難しい問題だ。

ゴッホ精神障害者だったんだよ」

と、言おうものなら、相手を不快にさせるだけである。何しろ相手は「知りたくない」と高い壁の向こうにいる。

だから、私たち人格障害精神障害者は意識の変容を待つのみ。

せめて、建設的な意見や私にしか見えない世界を文章として書き。心に響いていただければ幸いである。

 

 

 

記憶は書き換わる

最近の話だ。

私はパチンコをしていた。

猛烈な発作時、なんとか意識を保ちたいとき、ギャンブルは意識を繋ぎ止めてくれる。

だから時々、時間をパチンコに使う。

 

パチンコは退屈な遊びである。

ひたすら待つだけだ。「当たり」を待つ。

当たらなければ、時間に比例してお金を失う。

 

財布を見て、一万円を確認した。

もう、玉は無い。追加で投資をしないといけない。

ほどなく、玉は無くなった。

 

一万円札をサンドへ入れようとした。

すると、無いのだ。財布は空だった。

妙なことに、数分前に見たものは無い。

消えてしまった。

 

おかしなことだと感じた。目で見たのに。

だから何故、お金は無くなったのか考えた。

数時間、考えてやっと答えは見つかった。

午前中に1万円は使っていた。

午後からパチンコをしていた。

一万円札は私の作り出した虚像だった。

 

このことを主治医に話す。

「よくあることです。実はお金を使っているのですよ」

「不思議なことに、お金の減る錯覚は起きないんです。あった金がない。こういう話は毎度のことです」

私は

「それにしても、真実にしか捉えられません。確実だと感じる記憶に対して、不確実性があるとは…」

そう云うと医師は、黙った。どうしようもない部分だと、私達は話を切り上げた。

精神病院は入院患者もいる。毎日「確実な記憶を持つ患者と向き合う」

大変な仕事だ。

私は、落ち着いてそう考えた。

 

やはり、今この瞬間こそ大切である。

過去はあいまいで、未来は気まぐれだ。

深呼吸して、意識を小さく研ぎ澄ませれば。

時間の流れから抜けられる。

ヒトは意識をどこまでも広くする。最悪なのは、未来を考えることだ。

そこまで広い意識は、ヒトには使いこなせない。

真実の眼

精神障害とは、何か?

私なりに向き合い、共に生きてきた。

なので、発見はたくさんある。

特効薬は無い

クスリはクスリでしかない。

現在のクスリの使用法は間違っている。

不要なクスリばかりだから。

精神疾患と診断されると、脳内ホルモンを調整するクスリを、治療薬として出される。

抗うつ剤と呼べば一般的だ。

しかし、効き目はなく、あるのは強い副作用だ。

「クスリで治った」

という精神疾患は、疾患ではない。クスリは無くとも治っただろう。

治るべくして治ったヒトを取り上げて「抗うつ剤は有効」としている現状である。数値や確たる証拠は無い。

なぜ治ったか分からないけれど、クスリで治ったことにしている。

だから、クスリは処方される。

 

精神医学だけ、根拠なくクスリを出す。

神経内科となると、ある程度は理論的にしっかりしている。

根拠をもとにクスリを出す。

いろいろな医師に遭ってきた。

内科や外科は精神医学には、一切コメントしない。

「うちは内科なので分からない」と云う。

神経科だと、すこし踏み込む。「精神科の先生と、神経科では考え方は違う」

精神と神経は近い位置にあるから、コメントできるわけだ。

神経科は、精神科と非常に似ている。

たとえば、てんかんは脳神経内科、精神科、どちらでも対応できる。

てんかん薬で、発作を抑えるのだ。

静岡県へ行けば、てんかんの外科手術をしている。現代医学であるから、脳の異常部位の削除による副作用は低い。

ただ、治療失敗となると、脳への不可逆なダメージになる。

 

脳の後部、側頭葉型のてんかんに有効性を認めて、手術をしている。

 

精神外科というものは見たことはない。てんかん手術は脳神経外科の領域だろう。

 

というわけで、精神医学は未熟といえる。

治せないので、医学と呼んでいいものか。

医師は、勉強し、精神疾患を学び、仕組みを考える。

しかし、確固たる証拠のない治療例と向き合っていても意味はない。

誰一人、精神医学で救われた方はいないのだ。

まだ、全世界の精神科医は治療法を探している段階である。

 

私の主症状は「頭痛と精神混濁」だ

どちらに対しても効果のあるクスリはない。ロキソニン等とスマトリプタンは効かない。

精神混乱に対しては、抗精神病薬は効かない。副作用だけはある。

モダフィニルという高価なクスリも、いくら飲めど効かない。興奮作用のあるクスリなので麻薬同然にされている。

しかし、自分はモダフィニルは何も感じなかった。高価なだけあって副作用はなかった。

 

イチバン効き目のあったクスリはルネスタである

しかし、ルネスタ睡眠薬だ。

睡眠薬を飲んで、意識は整い、頭痛は治り、元気に活動できる。

到底、信じられない。

しかし、よく効いた。発作時に4mg~20mg飲めば、即効で目は冴える。

 

とはいえ、一日の処方量は3mgと決まっている。20mgとなれば、7倍の数値だ。

超短期型睡眠薬を1日の上限量の7倍服用して、起きていられると感じるだろうか?

自分は通常運転である。眠くも興奮もない。

耐性は付かないから、睡眠薬としても使える。

例えるなら、コントロールを整える潤滑油だ。

 

と、お話したところで、ルネスタを飲んで活動してはいけない。

睡眠薬を飲んで、出歩く

という行為はありえないだろう。

だから、発作を抑えて元気になるものの、ルネスタによる対症療法はやめた。

アモバンの改良型のお薬なので、多量に飲むと、口内の苦味は強いのもある。

こういう経緯から、もう、現代医学の視点では自分を見ない

いろいろな角度、方向から見ていく。

そうすれば、真実に近づいていける。

 

治らない病

危機感の高まり

現在の仕事は5年目に突入している。

先日、2019年に入ってから三度目の病気休暇をとることに決まった。

今は7月末、二ヶ月の病気休暇を二回とっているため、三ヶ月しか働いていない。

なぜこんなことになったのだろう?

 

治ったと実感して、確信しても再発する

直近の病気休暇では、精神の状態は良化した。クスリも飲まなくてよいほどだった。

社会生活を活発に送れた。

そのような状況なので、自分としても余裕を持って職場復帰をした。

しかし。

復帰初日から強烈な精神発作を確認する。一ヶ月ぶりだ。

認められる症状は頭痛、意識混乱、精神不安、吐き気、幻視とめまい、である。精神疾患らしい症状が並ぶ。

一度発作を起こせば、一日中不調になり、発作も繰り返す。

こういった時は、公の場では、できるかぎり普通を装う。

皆、経験していることだろう。精神疾患の方は、素直に不調を表すことはできない。理解されず、迷惑と感じる方ばかりであるからだ。

なので、理解される範囲を考えて、演技を交えたアピールを必要とする。

 

それでも良くなっている

意識は混乱と苦痛と戦っている。

そんななか、私は「以前よりは良くなっている」といった部分をみつける。

眼底の痛みだ。三叉神経の痛みであり、群発頭痛と判断され、特別な頭痛薬を処方されている。ロキソニン等のクスリは効き目はないからである。

その痛みは発作のたびに起きていた。しかし、もう感じない。

群発頭痛の痛みは「人類史上最悪の痛み」として有名である。実に20年間の付き合いだ。

診断に至ったのは去年である。医師からは「今まで辛かっただろうね」と述べられた。

たしかに、辛かった。処方されたスマトリプタンは素晴らしい効き目であった。

けれど、不思議なことに、頭痛に耐える精神力は磨かれていて「またいつもの頭痛だ。しばらく動けないぞ」というくらいの捉え方で対応できていた。

実際の群発頭痛患者は、のたうち回るか、じっと耐える。というのだから、私はずいぶん動けるほうだと感じる。

 

職場復帰をして二週間

どうあがいても、毎日、強烈な精神発作に見舞われて、フルタイムで働けない。早退と休みの繰り返し…。

復帰前は手応えを感じていたから、職場には「必ず良くなりますから」と伝えていた。

しかし、未来はヒトの範疇では予想できないものだ。

結果的に、仕事をこなせず、混乱させるだけの状況になってしまった。

恥ずかしい気持ちではあった。しかし、職場復帰をトリガーとして不調に陥った。と考えざるを得ない。

こういった状況は、私は慣れている。同じようなパターンで失職しることは過去にあった。

障害者枠で雇ってはいただいている。だから退職を告げられることはなく、むしろ「協力して過ごしやすい職場にしていこう」という企業側の姿勢には敬意を表する。

 

退職を覚悟の上で

三度目の病休に入る。それに合わせて、私は退職を真剣に考えている。

職場はきれいに片付けて、存在の跡を消した。

つまりは「諦める」ということだ。

執着を消し、後は時間の流れに任せる。こうすれば「期待」はなくなる。

期待しなければ不安もなくなる。表裏一体の感情であるから。

これからは、一刻、一刻を楽しもうと思う。過去と未来のない。瞬間を。

その先に何があるかは、お楽しみ。

でも、僕は期待はしない。

 

多くのクスリを断薬した

はじめに 令和元年5月から、15種類ほどでていた。クスリの服用をやめた。

クスリの種類 •サインバルタ抗うつ薬ストラテラADHD治療薬(高額) •スマトリプタン=群発頭痛治療薬 •抗てんかん薬=バルプロ酸など、 •トラゾドン=睡眠改善の効果を持つ抗うつ薬 •ベラパミル=群発頭痛予防薬

やめた理由は「治らないから」 僕は22歳から15年間、クスリを服用してきた。 調子の良いときは、クスリの効き目だと感じていた。

しかし、実際は違った。クスリはなくとも調子は良かったのだと。

精神病治療薬は、効き目に疑問符がつく。 特に僕の場合は、あらゆるクスリを飲みまくった。 抗精神病薬、非定形抗精神病薬、下痢止め、偏頭痛のクスリ。

どれも、効かなかった。

唯一の抜群の薬効のあるクスリはある それは「デパス抗不安剤。 さらに「ルネスタ睡眠薬だ。

上記2つは処方制限は軽い。つまり、安全性が高いとされている。 共通しているのは脳のGABAに働きかけるといった点である。 GABAが強く正確に動くと、穏やかな落ち着いた気分になる。 不安は軽くなり、筋肉の緊張を緩和するから肩こりに効果はある。

現在は頓服薬だけを使用している 今は精神発作時にデパス。 後遺症が残って苦しく、ベッドで横になるときはルネスタ。 後遺症と発作の強い状態であればフルニトラゼパムだ。

頓服として使うGABAに作用するクスリは副作用は軽く、長期にカラダに留まらない。 私のカラダはそうなっている。 デパスは中毒性で騒がれているけれど、15年間ためらいなく飲み続けて、離脱症状はない。あるとすれば精神依存か。

躁うつ病の私。令和を迎えて知っておくべきこと

しばらく、精神とは何かと考えておりました

まず、同じ病気で苦しんでおられる方々へお見舞い申しあげます。 私は小学1年生に精神異常を発症し、現在に至ります。 その時の症状は鮮明に覚えています。 実態のないものに怯え、それ故に他者や社会に強い怒りを感じ続けました。 ある時、感情を抑えられず、下校の最中に傘を振り回し、狂人のように、泣きわめき、内に止めどなく湧き出す不安感に耐えきれず。他者、社会へ対して、非常に攻撃的に暴れまわりました。 親友であった友人は見るに見かねて、制止を試みました。 しかし、狂乱の中にいる私は、大親友ともいえる方へ、傘を振り下げる愚行へ走ったのです。 理性はかすかに残っていましたから、威嚇程度の力加減で「バシッ」と危害を加えてしまいました。

冷静になれば、自分の意思ではないことを子供であっても感じる

親友へ武器を持って襲いかかる。 許されざる行為です。 その後、深く後悔し、私は制御不能な特発的不安を、内面へ閉じ込めることへしました。 具体的に言えば、「怒り」を消したのです。 怒りは、必要な感情です。 しかし、私には精神発作からの「怒り」と、一般的な「怒り」の二つが存在しています。 思春期に「怒り」を見極めることは難しく、ならばいっそ全て抑圧してしまおうと考えました。

その結果は、長い期間のイジメに苦しむことになります。 それも、社会全体からのものです。 学校では先生と生徒から、バイトでは従業員から… と、キリのない世界です。

不快感を感じても、怒らないのですから、何をしても良いと他者は安易に解釈してしまいます。 怒らないことで、仲間外れになるのです。 ですから、徹底的に追い込まれました。私は怒りをコントロールして内に封じ込め続けました。

蓄積された精神的なストレスから、次第に病的になっていく

青年期は、多感です。だから辛くとも楽しいことを見つけ続けて、成長していきました。 喜怒哀楽の抜けた「喜哀楽」のヒトになって生きるのは、難しいけれどやり遂げました。

やっかいなのは、20代半ばくらいになってきて、世の中は思ったより楽しくない。かなり悪人がいる。 と、気付きはじめた頃です。 流石に、仕事場で不満を抑え込むと、失職まっしぐらです。不満の蓄積の限度を超えたとき。さようなら。 そんな繰り返しと、当時は「就職氷河期」 つまり、混沌の極みだった民主党政権下でした。 働く場所はブラック企業か、派遣社員しか選べません。

どちらも、私はやりがいを感じませんでした。生活の重要なウェイトを占める「仕事」に意味を感じないのです。 次第に、食欲は減退し、不眠の日は多くなって行きました。

急激な不安発作、心療内科へ駆け込む

とある夜に、精神が引き裂かれるほどの発作に襲われました。 コトバで表すことは難しいのですが、魂が乗っ取られるような感覚です。 カラダは必死で対抗するので、アレルギー状態のようになり、ますます苦しくなっていきます。 なんとか、発作は収まりました。 しかし「このままでは自我を失ってしまう」と、強く感じます。 ですから「なにかの精神病に罹った」と自覚したのです。 すぐに心療内科を受信しました。