Bipolar Disorder Of Life

躁鬱病(双極性障害)患者が日々を綴ります。連絡はTwitterまで!返事は必ずします。Twitter@hattix0828

キッカケ

はじめに

たまにブログでポエムを書いているヒトがいる。宮沢賢治や中原中也を読んだことがない僕にはまったくの無縁の世界だ。
勉強をしたことがないから、良さも悪さもわからない。
意味不明な文字の羅列に見える。

僕は幸いにも短大生時代に文学を選択することができた。教諭は山本周五郎の研究家で、赤ひげ診療譚という作品について学んでいた。
その授業のおかげで文を書くという行為に興味がわき、勉強をして、フリーライターとして生活していた。

勉強の楽しみ

キッカケとはホントに予想外のところにある。僕は経歴(キャリア形成)のために入った夜間の短大にあった。
短大で勉強することは、僕にとって価値観が大きく変わる出来事だった。年をとってから入ったということも関係しているかもしれない。

楽しさのあまり躁転

勉強が楽しすぎて躁転したくらいだ。誰一人として持ってきていないノートパソコンを授業に持ちこんでノートをとっていた。

まわりからみたら奇人に映ったに違いない。レジュメはスキャナーで読み込んでPDFとして保存する。これでパソコン1台で全て事足りる。

ただ、それをしていたのは僕ひとりという異様さだった。
そんな変なヒトを演じてしまうのが躁の厄介なところだ。やたら目立ってしまう。現在の大学では、パソコンをノート代わりに持っていくヒトはいるのだろうか。

躁あるところに鬱がある

僕の躁転はくるりと鬱に転じた。大学生活後半の半年間は、原因不明の吐き気、不安感、動悸に襲われるようになっていた。狂いそうな苦しみだ。
電車に乗れず、エレベーターも無理、クルマの渋滞も無理であった。広場恐怖に似たものが出ていた。
その時からデパスを頓服で飲むようになる。最初はパニック障害かと思っていたが、主治医は断固として違うといった。パニック障害はもっと激しいという。でも電車に乗れないし吐き気や不安感で狂いそうになる。いったいなんなのかと思った。

病名はわからないまま

結局、僕の発作には病名も何もつかず「しばらくすれば治るよ」と言われただけだった。この対応には腹が立ったが、デパスを出してくれとお願いしたら出してくれたのでなんとか収まった。デパスがこの発作によく効いたからだ。
発作の前兆を感じたときにデパス0.5mgを飲む。すると5分から10分でざわざわとした前兆が消えていく。

今は発作はほとんど起きないけれど、その怖さからデパスが手放せないものになっている。「発作が起きるかもしれない」という不安から飲むこともある。

発狂する苦しみ

発狂しそうな苦しみというのは、かなり辛いものだ。少なくとも僕には一番辛い体験だったと思う。痛さや悲しみで辛いのではない。ただ、狂いそうなくらい頭が回転して、その激しさに恐怖するのである。「死ぬんじゃないか」という恐怖も感じた。思い出すだけで冷や汗が出るのを感じ取れる。

大学は留年せずに卒業することができた。躁状態のときに溜めた単位が役に立った。躁と鬱の帳尻が合ったといえる。

精神病の再認識

そんなこともあり、あらためて自分は精神がおかしいと認識するようになった。それからしばらくは抗うつ剤を投与されていた。まだうつ病診断だった。
けれど、間もなく躁うつ病へ病名が変わり、クスリも変わった。
抗うつ剤をやめて、気分安定剤主体の治療をはじめて2年間が経つ。そのおかげか躁と鬱はひっそりと息をひそめている。

 

赤ひげ診療譚 (新潮文庫)

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