Bipolar Disorder Of Life

躁鬱病(双極性障害)患者が日々を綴ります。連絡はTwitterまで!返事は必ずします。Twitter@hattix0828

リア充だらけのキャンプ会

キャンプに行ってきた。結果としては、楽しくなかった。お金と時間の無駄だった。

僕は多人数行動が苦手だ。その苦手を克服するために今回は参加している。キャンプ用品は父から借りた。
参加するのは地元の友だちの集まりだ。
付き合いの年数は大体19年になる。中学校から交友がある古いコミュニティだ。キャンプの人数は15人になる。
その中の大半はリア充だといえるだろう。少なくともそう本人たちは感じていて、そういう発言が多くみられる。

僕は仕事が終わってからキャンプに参加して1泊し、次の日は休みという体制でキャンプに来ていた。仕事が終わり、キャンプ場へ着くと、ひぐらしが鳴いていた。ひぐらしの鳴き声響く森林は自然が奥深い。テンションが上がった。
気候も街より過ごしやすく、体感的に5度くらいは涼しかった。
まずは友人とともに、テントを設営する。テントを設置するのははじめてだったけれど、最近のテントはカンタンに組み上がるようにできている。難なく設置できた。

夜になり、酒宴がはじまった。みんな、酒を飲む。ぼくはお酒が飲めない。
2つくらいのグループに分かれて、輪ができあがり、会話がはじまった。僕は仕事のことと、読書にハマっていることを語った。
友人のA君がいった。「何の本?」僕は「シンプルを極めるという本だ」と答えた。「自己啓発本か(笑)」と笑いながらうなずいている。その時点で僕は不快な気分だったけれど話をすすめる。「どこまで身につくかな、いままで本で身についたことは少しだけだった」といって、話を終わらせようとした。つまり「本をたくさん読んでいるけど、あんまりタメになってない」と、苦笑いを交えて自虐的な話として終わらせたかった。なぜなら、読書の趣味がある友人が1人もいないからだ。共感は得られまいと思った。
するとA君から「あたりまえだ、読書みたいなものから得られるものなどない。実際にやってみないとね(ドヤ顔)」という言葉が出た。
それを聞いて一気に僕は帰りたくなってきた。この言葉は読書という趣味をバカにされたに等しい。すぐに怒って反論しようと思ったが、僕はこのグループでは「怒らない」という仮面を被っている。一度も怒ったことはない。A君はそれを知っていていっているのだ。僕は怒らないと。
事実、怒らなかった。沈黙することで返事とした。小さいことだが、趣味をバカにされるほど嫌なことはない。しかも、こういったことはいつも起きる。主にA君がいるときだ。どうやら彼とは合わないようだ。
その後の酒宴は問題はなかった。しかしイライラは収まっておらず、尾を引いてしまっていて、楽しさは半減していた。
午前0時だ。僕は誰にも伝えずにテントへ入った。クスリを飲む、クエチアピン、エビリファイフルニトラゼパムエチゾラム。後はiPadを見ながら眠気を待っていた。思えばこの時がキャンプ中でもっとも安心できた時間かもしれない。

そのうちに眠りについて、朝になっていた。
実はもう1人苦手な人間がいた。B君だ。B君はいわゆるお笑い好きで、やたらと僕をいじろうとしてくる。笑いがとれれば「僕も」おいしいと思っている。しかし、僕はそうは思っていない。B君にいじられるとムカついてくる。ただ、下品なだけなのである。僕をテレビのお笑い芸人と勘違いしているのだろうか。確かに、笑いを提供できることはいいのだが、B君の下品なイジりでウケを取りたいとは、ひとかけらも思わない。これも、先に述べた「怒らない仮面」を被っているからだろう。僕は仕方がなく、愛想笑いしているしかなかった。

ではなぜ、こんな仮面を被っているのか?それは中学校時代にまでさかのぼる。
何が理由であったか忘れたが、「僕は怒らない」と決めた。理由は「恥ずかしい」からだ。怒って取り乱す自分が嫌いだった。なので中学校時代は怒ることをやめてしまっていた。
そこから19年変わらない付き合い方法でいるのが、今回のキャンプのコミュニティだ。
人と長く付き合うには、喜怒哀楽を伝えなくてはならない。しかし、このキャンプにおいて僕は、喜哀楽しか表現しづらい場所になっていた。イラっとすることは我慢しなければならないグループなのだ。

そしてみんな、リア充である。収入は安定。病気もない。子どもは健やかに育っている。と非の打ち所なしのリア充である。ただ、リア充を自慢するような人間はいなかった。その点は救いだった。自慢話をメインに話すヒトがいなかった。もしリア充自慢大会みたいなのがはじまったら、僕はますます居づらくなっていただろう。

A君とB君だけがイライラの種だったが、2人だけでも僕の気分は十分に害された。
夕方までキャンプ場にいたのだけど、昼には帰りたいと感じるまで、嫌な気分でいた。

夕方になって帰ることになり、会計がはじまった。ひとり8千円だった。僕は、キャンプはこれほどまでお金がかかるのかと、驚いた。
キャンプ場を2日間貸しきっているので、こんなものなのだろう。しかし、楽しくなかったので余計に金額が重く感じる。

夜7時に家に帰ってきて、「ふぅー」っと大きなため息を吐いていた。
そして今日記を書いていて、こんなに無理をしてまで友だち付き合いを大切にしないといけないのかな。と疑問に感じる。
19年も一緒に生きてきて、素の自分が出せないのだ。もう今は、怒りを我慢することはない。
しかし、特にグループ活動では「怒らないヒト」の仮面を付けなければならない。
中には気も合う友だちが数人はいる。ただ、それは1:1で遊ぶときの話だ。全体ではあまり意味をなさない。そういう都合もあってグループ活動に誘われやすい。
次のキャンプは断ろうかと思っている。ただ、客観的に自分をみつめてると、社会性の面から、それは良い判断ではない。という気持ちも共存している。