Bipolar Disorder Of Life

躁鬱病(双極性障害)患者が日々を綴ります。連絡はTwitterまで!返事は必ずします。Twitter@hattix0828

ハニーハム&チェダーチーズサンドイッチ

朝7時に起き、朝食を済ませ、瞑想をしていた。
しかし、ブログに何を書いていこうか考えてしまい。うまくいかず、集中できない。5分ほどしかできなかった。

そして、朝早くからスタバへ行った。
8時オープンで15分くらいに着くと、先客が2、3人いた。そのなかに一際目立つヒトがいる。
なぜ目立つかというと、ゴールドのMacBookを外のベンチで広げているのである。このPCは最新のもので中古も出回っておらず、最先端のテクノロジーが使われていて、価格は15万円以上はする。最先端のMacだ。
このMacBookのみ「ゴールド」という色が選べる。
「スタバでドヤ」という言葉がある。
ていねいに書くと「スターバックスMacBookAir&Pro)を使い、ドヤ顔をして決めこむということ。この言葉は嫌味を十分に含んでいて、半分はギャグのような言葉である。
スタバでドヤ(笑)のような感じである。インテリ嫌いなヒトが好んで使う言葉だ。自虐的に使うこともある。
この最先端のMacBookを開いているヒトは、まさに典型的なスタバでドヤっている人間だと感じた。色がゴールドで派手すぎる。色の選択にセンスが無いと感じた。
でも、僕なんかは職場でドヤっている。(MacBookAir)なのだ。
まったく、おもしろい言葉があるものだ。

スタバに来た目的は読書だ。
「鬱のパワー 落ち込んだあとに3歩前進する方法(2008年 門倉 真人)
を読んでいた。
鬱に対して書かれた本は、見当違いの内容が書かれていることが多い。
当事者からすると全く理解できないことが書かれていたり、重要ではないことが書かれていたり、いちいち本で書くまでもないことが書かれていたり…。
つまり、「当たり外れ」がある。
今回の本は「当たり」だった。うつ病の当事者からすると、ありがたいアドバイスが書かれている。
本には随所に「プチ鬱」という言葉が出てくるのだけれど、この状態の説明が実にうまい。

うつ病のなかには大うつ病と呼ばれるものがあったり、様々だ。しかし、「大うつ」といわれるような症状が出てくるときは、本を読んでる場合ではない。寝たきりか、自殺かどちらかであるというほど、生命力がない。
この状態はまさに、生きながら地獄にいるようなもので、一度体験すると生涯忘れられない体験として体に染みついてしまう。死んだほうがいくらかマシ。といった状態だ。
なので、メンヘラはうつが酷くなることに非常に敏感である。
長いことメンタルクリニックにかかっている患者のほとんどは、プチ鬱が長く続く状態で、時折うつがきて、運が悪いと大うつがきてしまう。
僕の認識ではこの3段階で表現すると、うつ病の説明はしっくりくる。

すこし話が僕のうつ病認識のことにそれたけれど、本の内容は大体のメンヘラが長いあいだ苦しめられる「プチ鬱」について主眼が置かれており。大変ためになるのである。
例えば、プチ鬱の状態から復活したとき、ヒトは心理的に謙虚になる。謙虚とは、控え目で、つつましいことだ。
謙虚であろうと過剰に努力してしまうことで、積極的な力を失い。やがて自己卑下に気持ちがシフトしていく。「問題を謙虚に受け止め、反省を十分に行う」という過程のなかで、反省を自責にすり替えてしまうというのだ。つまり、何かに失敗すると、原因などは関係なく「自分が悪い」と考えて、考えぬいてしまい、そしてまたプチ鬱の状態へと戻るのである。この辺りの心境の変化、悪循環はまさに、うつのやっかいな特性であるといえる。
効果的なストレス発散方法についても記述がしてあって、参考になる。特に「ストレス発散に重要なのは成果にこだわらず、プロセスを楽しむことに集中すること」という言葉である。
成果が出ないと、くよくよする。これはうつ傾向のあるヒトにはよくある傾向だ。「うん、うん、そのとおりだ」と考えさせられた。

内容のなかで、心に止めておきたいのが「ポジティブシンキングをやめる」ということだ。
僕は他の本でもポジティブシンキングの短所というものを研究しており、考え方としてポジティブシンキングを推奨しない。
なぜだろうか。
まず、ポジティブシンキングは疲れるのである。多くのうつの方はポジティブシンキングをしようと自分を責め立てている。が、どうしても悲観的になってしまい、できない。そうすると悲観的に考えてしまう自分を責めてしまう。といった具合だ。
本のなかでは欠点として具体的に、「ものごとの明るい面だけみようとして、解決すべき問題を先送りしてしまうことが挙げられる」と書いてある。
著者が推薦するのはリアルシンキングだ。僕も同意見である。悲しくて悲しい気持ちになっても、無理に笑顔を作る必要などなく、それがよいとは思わない。素直であればいいと思う。

ところで、隣の席のクソガキがうるさい。
喋るだけならば、イヤホンで音楽を聴きながら読書をしている僕にはなんら影響はないが、椅子の上、床、ソファーの上、ところかまわず走り回っている。これが30分は続いた。
親を睨みつけてやろうかとも思った。子どもに腹が立つわけだが、悪いのは親である。子どもに罪はないし、静かにしろとも思わない。
ほどなくして、この子連れは去った。
フィリピンでは、子どもに腹を立てることは厳禁らしい。子どもは何をしてもよいし、それをよしとする文化があるようだ。
でもここは日本だ、しかもJAZZが流れるカフェの中である。保護者のかたは少しは空気を読んでもらいたい。

今日の読書スピードは早い。およそ1時間で100ページである。それだけ、「鬱のパワー」という本は面白かった。
本と照らし合わせるように、僕は自分の弱さを考えていた。僕は小さな失敗で人格が傷つく癖がある。自責である。
失敗を自分の人格と切り離して考えられるヒトになろうと思った。

午前中で1冊の本は読み終えた。今日の昼食はコーヒーのおかわりと「ハニーハム&チェダーチーズサンドイッチ」という、早口言葉みたいなサンドイッチだ。
スタバのサンドイッチは、ハッキリ言ってうまい。
有名なスタバ批判に、「ろくな食べものがない」という点が挙げられる。
多分、検索するとそういった文章が山のように出てくるだろう。
けれど僕はこれには反対だ。スタバの食べものはおいしいのである。
でもなぜか、昼食時にスタバへ来るヒトはいない。ランチタイムはガラガラである。やはり、一般的には「スタバで食べるものはない」のある。

午後3時になり、本を読む集中力が低下してきた。
その時フッと思い出した。明日は父の日である。なにかプレゼントを贈りたい。そう思うと本など読む気にならなかった。クルマを走らせて、雑貨屋でギフトを選んでいた。
サングラスが良いと最初は思ったけれど、デザイン的に父の好みのものが置いてない。父はシンプルなものが好きで、飾り物を好まない。
それなのに、店頭のサングラスはピンポイントで装飾がしてあったり、洒落ている。これではダメだと思った。
幸いにも店内には実用品がおいてあって、ステンレス真空構造のコップというものが置いてあった。保温機能がガラス製より良くて、表面が結露しない。さらにはステンレスの質感が高級感を演出していて、デザインはシンプルだ。コレだ。コレなら普段使うのには抵抗がない。
ギフトラッピングをしてもらい。その足でビレッジ・バンガードへ寄った。
先日の水筒事件でノートが水に濡れてダメになってしまっていて、新しいノートを探していたからだ。
僕が欲しいものはRollbahnのB6変型サイズのノートだった。
B6というのは手のひらくらいのサイズで、大きめのメモ帳と呼べなくもない。このサイズならスタバの丸型の机にMacBookAirとノートをピッタリ縦に並べることができるのだ。とはいえ外国製でその辺の量販店には置いてなく、Amazonで買うしかないかと半ば諦めていた。
小さな奇蹟が起きた。ビレバンの小さなスペースの文具売り場を覗くと、まさにそのノートが置いてあったのだ、色違いまである。
僕はビジネス用として黒色をチョイスした。Amazonよりも230円くらい安い。ちいさな幸せを感じた。ついでにドクターペッパーを買った。
そうして、夕方には家に帰り、読書に戻った。

ところで、僕の机の横には複数の張り紙がしてある。その一つに「信念」というものがある。
今は記憶のない本に書いてあった、薄い記憶でたどるなら、松下幸之助か誰かが言っていたのだが、「信念を貫けばなんでも夢は叶う」というふうなことだった。それに感銘を受け、目のつくところに貼り付けてある。
でも僕の信念は何だっただろう。
思い出せない。病気のおかげで記憶がない。
なので、新しい信念を考えた。
”このだらしのない自分を何とかする”
これが僕の信念だ
夢は叶うだろうか。
もしや、この信念も忘れてしまうのではないだろうか。

 

鬱のパワー 落ち込んだあとに3歩前進する方法 (講談社+α新書)

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