Bipolar Disorder Of Life

躁鬱病(双極性障害)患者が日々を綴ります。連絡はTwitterまで!返事は必ずします。Twitter@hattix0828

バランスとこだわり

本日の仕事は休みだ。僕の仕事は木土日がお休みという、超ゆとりシステムを組まれている。おかげで仕事でストレスを感じることはあまりない。
そのかわり、日給月給制なので給料は少ないという短所がある。
それにしても、休みが多いって素晴らしい。お金はまあいいやという気持ちになる。このままのんびり、スローライフをおくりたいものだ。

最近、危機感を感じている。文章への感覚が鈍くなった。7月のブログをみていると分かるのだけれど、7月のブログのほとんどで、僕は文章の中で「〜が」という言いまわしを使っていない。
文章は、「〜が」を乱立すると、読むテンポが悪くなる。ほら、このように。少し止まってしまうのだ。先の場合「読むテンポ”は”悪くなる」と手直しするとよい流れになる。

だから、今日のブログは「〜が」を使わないように書いていこうと思う。
7月のブログへのモチベーションや感覚は鋭いものだった。だからほとんど無意識に、読みやすい文章を書けていた。
今では、ブログにこなれてきたのかして、推敲をあまりしなくなった。

書いたら、さっと見なおして、そのまま掲載といった流れになっている。7月はとにかく文章の滑らかさにこだわっていたから、1つのセンテンスにおいてどういった流れで書けているかシビアにみていた。

改行をうまく取り入れるようになったという点では、確実に上達していると感じている。
ネットの文章というものは、改行を頻繁におこなうと読みやすくなる印象だ。

まったく畑違いなんだけれど、もうひとつブログを運営している。そちらはほとんど更新していないので、ただのコンテンツ置き場になってはいるけれど、ニッチな分野で、いい感じなトピックに仕上がっているものも多い。
だから、定期的に読まれているのでしばらくはネット上に残しておくつもりだ。

面白いことは、そちらのブログは「です、ます調」ということ。書いていて感じるのは「です、ます調」はなんだか書きにくい気がする。
まあしかし、慣れの問題かなといった印象も受ける。
ただ、本ブログをはじめて「である、だ調」で書き続けていて、文末の響きに心地よさを感じることはある。
〜である。としっかりと流れた文章でくくれると気持ちいい。「〜である」という表現が好きだ。かっこよさを感じる。

7月のブログを読み直してみようかと、ふと思った。なんせ推敲をしっかりとしていたし、文章も接続詞を極力つかわない贅肉の少ないものにできていた。漢字とひらがなのバランスにもこだわっていた。

漢字とひらがなのバランスは妙に難しいものである。しかし、僕はバランスを考えることは好きだから、苦痛な作業ではない。
僕の文章で漢字をつかわないと決めているのは「人」という字だ。かならず「ヒト」と書く。これはこだわりである。 文章をたくさん書くようになってくると、いろいろと気を使う部分もできてくる。
ほかにも、堅苦しくなるという理由から、「僕は」という表現を「ぼくは」としか書かない作家もいる。いわれてみれば確かに読みやすい。

パソコンで文章を書けるようになって、悪文もたくさん増えた。
例にあげると、「宜しくお願い致します」という言葉だ。どう考えても「よろしくおねがいいたします」とひらがなで書くべきである。
なんでもかんでも漢字にしたらよいというものではない「取り敢えず」という表現もみづらい。「とりあえず」でいい。
ふと思い出したけれど、とりま(とりあえずまあ)というネットスラングはダメだ。とても用いようとは思わない。
ネットを徘徊していると、やたらと「とりま、そうしましょうか」とかいうヒトを見るけど、心のなかでは違和感を感じている。
なんていうか、響きに不快感を感じてしまう。僕だけなのだろうか。

ここまで一度も「〜が」を使わずに書いた。少し考えながら文書を構成すると手軽に使う「〜が」という表現を回避して書ける。
最近はこだわりを捨てて、効率を重視する傾向にあった。反省はしていないけれど、やっぱりこだわるといいものを作れるといった感覚はある。
それに、出来上がった気分もなかなかの達成感だ。

とりま、明日からはまた「〜が」を使う。やっぱりちょっと難しい。抜けるところは手を抜いていこうと思った。

 

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