障害者差別解消法の施行によって、精神障害者は恩恵をうけるのか
精神障害者と発達障害を含む「障害者差別解消法」が施行される
平成28年4月に「障害者差別解消法」が施行される。この「障害者」には「精神障害者 + 発達障害」も含まれている。
話をする前に、まずはこの法律の内容を理解したい。
条文を理解しよう
まずは条文から
障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律案(HTML形式) - 内閣府
全ての条文、法律案はこちらに載っている。
第8条第2項
注目したいのは第8条第2項だ。
事業者は、その事業を行うに当たり、障害者から現に社会的障壁の除去を必要としている旨の意思の表明があった場合において、その実施に伴う負担が過重でないときは、障害者の権利利益を侵害することとならないよう、当該障害者の性別、年齢及び障害の状態に応じて、社会的障壁の除去の実施について必要かつ合理的な配慮をするように努めなければならない。
そんなに長くはないので、落ち着いてしっかりと読もう。
障害者差別解消法の第8条第2項を個人的に要約する
分かりやすいように箇条書きで要約していきたい。
- 障害を持って仕事をする上で、社会的な妨げになる要因があり、取り除いて欲しいという意思がある
- 当事者が事業主へ意思を伝える
- 事業主は、障害の程度や状態に合わせて「社会的な妨げ」を取りのぞく義務を負う(合理的配慮の義務を負う)
- しかし、実地に伴う負担が大きい場合は除外される(莫大な費用がかかる等)
カンタンにいえばこのようになる。
なお、事業主は努力義務と明記されている。
障害者差別解消法の狙いは何か
社会的な立場を尊重する意味合いが強い
障害者をより社会的、社会に溶け込めるようにする狙いがある
社会的ということはすなわち「障害によって差別をされない」ということだ
法律名そのままといえる。
障害者差別解消法によって変わる社会
障害による差別を禁止、抑制される。
行政機関や事業主に「合理的配慮の義務」が生じる。
いずれにしても障害に対する理解は必須になるため、障害への認識が広がる。
精神障害者・発達障害へどういうアプローチが行われるだろうか
目に見えない障害。精神障害
精神障害というものは目に見えないという特徴がある。
ぱっと見ても、あるいはじっと見ても、障害の有無はわからない。
これは「外見からの無闇な差別を生まない」「他人に理解をされない」という2つの意味がある。
「他人に理解をされない」というものがそもそも社会的障壁といえる
精神を病んでいるヒトの100%近くが思うのは、この1点だろう。
条文には「当該障害者の性別、年齢及び障害の状態に応じて」と明記してある。
果たして、事業主に障害の状態を理解することはできるのだろうか。
複雑で抽象的な精神障害
主治医でさえ見極めが難しく、これといった答えがないのが精神障害だ。さらに病状は時間の経過によって変化していく。
僕はうつ病の診断だった。けれど、初診から10年後に、躁うつ病へと変わった。そして発達障害のADHD(注意欠陥多動性障害)を併発している。
この状態を理解するのは当事者の僕でさえ大変だ。複雑怪奇であって、その病状を理解していくことは僕の一生の勉強であり、研究対象である。
診断書は無意味である
例えば僕が診断書を書くならば、「双極性障害、特発性過眠症、ADHD」と書く。
この病名を見て、なんとなく病状や障害の程度をイメージできるヒトは何人いるのだろうか。
何ページにもおよぶ診断書なら、まだいいかもしれないが、そんなものは見たいことはない。
病気を勉強する
ほとんどのかたは「双極性障害」の文字だけでちんぷんかんぷんである。
ということは、勉強して知る必要がある。
評価の高い「双極Ⅱ型障害という病」という本を読んでみよう。
本を読んで理解できるヒトは天才だ
上記の本を読んで、概要や輪郭を想像できるだけでさえ、すごいと思う。
ましてや「ああ、理解した」と言えれば、そのヒトは天才だ。
理解を求めることに期待はできない
つまり、理解は期待できない。
これはほとんどの方が共感してくれるだろう。
淡い期待など、不安を生むだけなので、しないでおこう。
病状を理解できないのに「障害の状態に応じて合理的配慮をする」ことはできるのか
精神障害者である自分を例にしてみよう
重要なのはこの部分だ。
僕に当てはめてみよう。
僕は過眠発作があるので、勤務中に仮眠をする必要がある(現在はベタナミンにより解消)さらにADHDのため、小さなミスを起こす確率は高い。
そして、躁うつ病なので、気分の波がある。時には躁で、時にはうつで、普段はフラットである。
以上を踏まえると、対応はこうなる
事業主の配慮によって仮眠の許可をもらい。小さなミスは想定内にしていただく。
気分の変調には随時対応するように努力する。
躁と鬱があるので、躁の時は気分にブレーキをかけてもらって。うつの時はそっと見守ってもらう。
こうやって書けば、社会的障壁は除去されているかのように見える。しかしそれは錯覚だ。
社会的障壁が除去されているように見えるのは幻である。見えない精神病を見ることはできない
大切なモノは目に見えない
病気に対しての対応を読んでいると、なにか見えないものがある。
それはなんだろうか。
全部である。すべて見えない。
つまり
- 過眠発作 → ただの居眠り
- 小さなミス → 低い注意力
- 気分の変調 → 機嫌がころころ変わる
- 躁状態 → 頼りになるヒト
- うつ状態 → 怠けている
と世間は誤解する。
職場という社会。集団のなかで、これを回避することはできない。
精神障害において、社会的障壁を取り除くことは不可能である
どう考えてみても、精神障害は「理解を得ること」が社会的障壁の除去であって、その一点に集中している。
しかし、理解を得ることは非常に難しい。職場という社会全体に理解してもらうことはできない。
それぞれの特性を理解すればいいという盲信
どんな病気でも、短く要点がまとめられた文章が存在する。
双極性障害はWikipediaでは以下のように要約されている。
双極性障害(そうきょくせいしょうがい、英: Bipolar disorder)は、躁(そう)状態(躁病エピソード)と鬱(うつ)状態(大うつ病エピソード)の病相(エピソード)を繰り返す精神疾患である。
すると「こういった要点を各病気ごとに覚えておけば理解できるのではないか」という疑問があらわれる。
- 双極性障害 → 躁と鬱(うつ)を繰り返す
- ADHD →不注意、過活動、衝動性が高い
- 過眠症・ナルコレプシー → 日中に過度に眠くなる。
このように短く要点を並べるだけなら、誰でも特徴を覚えることは可能だ。
では、なぜ精神障害者のほうは「理解してくれている」と感じられないのだろうか
「双極性障害=躁と鬱がある」ではない
まず、要約が間違っているといえる。
双極性障害はそんなにカンタンなものではない。病状の見極めが難しい。
ADHDにしても、・多動性・衝動性優勢型・混合型・不注意優勢型の3つに分類される。
他の精神障害においても同じで、個々によって症状がかなり違う。
なので、書籍やネットの情報の要点からひとくくりに理解しても、100%誤解になる。
症状を詳細に明文化すると良い。しかし、その文を読める人間はごくわずかである
1番よいのは、個人の障害を細かく明文化してみるということだ。
この文書を参照すれば社会的障壁の発見に近づく。
しかし、他人の精神障害を理解することは、どれだけ丁寧にやさしい表現で書かれていても、かなり難しい。
よほど知能が高い人間でなければ、具体的に明文化されていたとしても、読み続けることはできないだろう。
理解できない文章を読み続けるほど苦痛なものはない。
障害者差別解消法は精神障害者と発達障害には効果がない
精神障害者として、今回の法律がどういった効果があるか、時間をかけて多角的に考えてみたが、効果は無いと言わざるをえない。
「社会的障壁を取りのぞく合理的配慮が生ずる」とあるが「実施に伴う負担が過重でないとき」という前提がある限り、社会的障壁、つまり差別は取り除かれない。
「目に見えない障害」という社会的障壁
重要なのは理解であり、病状の特徴を箇条書きした文章ではない。
このあたりが「目に見えない障害」という社会的障壁なのだ。
どうすれば差別を無くせるか
僕は専門家ではないので「日本の精神医療はダメだ」とか「メンタルヘルスへの関心は高まっている」「ワークライフバランスが見直されている」などといった小難しいことは分からない。
どうすれば社会的障壁が取り除けるか、差別を無くせるかなんて、答えられない。
期待をせず、変わらない日常を歩いて行こう
ただひとつ言えるのは「効果は無い」ということだけだ。
だから安心していい。
期待をする必要はない。いままでと何も変わらないだろう。
精神障害者は期待を抱かず(不安を抱えず)前を向いて歩き続けるだけである。